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いつの間にか教育論
体温を計っていますがいますが、まだ37度前半を推移していたりするので、明日もお休みいたします。明後日復活しましょう。
カメラのセットアップをしてて、なかなか面白いです。高校時代、写真部といえば地味なイメージしかなかったが、なかなか面白い。B型H系の小須田になろっか。
唐突だが、高校3年時、体育祭のフォークダンス。練習を何回かして本番を迎えるのだが、練習の際、時間と人数的に一緒に踊れないアベックがでて、それで組合作って先生に抗議した話であるが、学年全員集めて、M先生が「最大公約数の幸せを考えろ」とアベック組合の提訴を退けた。結果、つつがなく訂正なしに踊って終わりました。私の見解としては、確かに一部の意見を取り入れたら、あの人と踊るの嫌だとか、誰誰と踊りたいといった意見が絶えず出てきて、それらを取り入れていったらキリがなくなってしまう。また、もしアベックの意見を受け入れた暁、なんであの子らの意見は聞いたのにうちらのは聞かないのってなって公平性を欠いてしまう。その点、体育首脳陣の判断は妥当だったといえるだろうが、私は中止を望む。様々な意見が飛び交い、利益を受ける人もいれば、不利益を被る人もいる。精神的な利益は、金銭的なそれと違い、所得の再分配がままならない。精神的にいい想いをした人が、嫌な想いをした人にダイレクトに良い影響を与えるのだろうか。正と負の感情が二極化するのではなかろうか。そして、底辺にいる輩がその後の人生に悪影響を及ぼすのではなかろうか。嫌な想いを抱いたなら、嫌な思い出となるのだろう。また、実社会とかけ離れた異空間でもあるのも理由である。この社会、好きな人同士でいくらでも踊れますし、嫌いな人とは踊らなくても済む。それを一緒くたにみんな平等(笑)をなさるのなら、逆説的だが、いじめや争いが絶えない。学ぶためにたまたま同じ地域の同じ年に生まれた赤の他人同士で性格や趣味、成長度合いの異なる子供を一緒にすることほど、残酷で見苦しいことはない。確かに、当時私はラストJKと手を触れられる最後のチャンスだとそわそわしていたが、当時の私と今の高校生らにメッセージするとしたら、大人になればいつでも踊れる。お金が解決する。社会は広い。君らはあまりにも狭い空間で同年代の人しかしらない。JKブランドなんて幻想であり、それは宗教だ。桐谷美玲でも制服のコスプレができる。君たちはコスプレをしているんだよ。ちなみに会社員はスーツというコスプレ。大人になるまで時間がかかると思うかもしれないが、なってみりゃそっからは早い。意外と時は早く進む。その時からでも遅くない。好きな人は好きな人といて、お金を求める人とお金をあげる人が集まるから。利害も何もない趣味や性格の合わない人がボランティアでは集まらず、あくまで赤の他人のままだから。すべての人とはつながれない。まずは、間違った狂育から解放されよう。俺もこれ以上被害者・犠牲者を増やさないようそういう方向で尽力してみるけど、今すぐには変わらないから、今は耐えてほしい。たまには学校に行かなくてもバンドやったり映画観に行ったりしたって、全く問題ない。むしろそのほうがある意味人間らしいのかもしれない。
一応、熱血指導塾講師です。問題児、不登校、引きこもり、不良、ギャル、オタク、バンドマン、なんとなく学校がおかしいと思っているお子さんを優先的に担当させていただきたく存じます。
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